騒動から見えてくるもの

 違法で支離滅裂ではありましたが、とにもかくにも小川利彦本埜村長が、この間一人で村政や合併協議の場を引っかき回し、皆が「あれよ、あれよ」で、為す術もなく翻弄されてきた、その意味では「大したもの」という評価をあちこちで耳にします。また、事情はどうあれ、この間の騒動で実に多くのことが明らかになり、地域の政治、住民主権のあり方、地方自治の「落とし穴」といった点で、今後の教訓としなければいけない課題も多く残されることになります。

 私がこの間の騒動を観察していたく感じたのは、例えば、首長というのは、大変な権力を持っており、その気になれば良くも悪くも相当なことができることであり、しかも、本人が「降りる」と言い出さない限り、周りから引きずり降ろすのは絶望的に難しい存在であることでした。また、世の中には「話し合い」ではどうにも片がつかない問題や人物が存在するといったことも、残念ながら今回の教訓とせざるをえません。要するに、「住民主権」「地方自治」といった建前も、われわれがよくよく考えておかないと、いつ空洞化させられるか、油断もスキもあったものではありません。

 一方で、今回かくも支離滅裂な言動を繰り返した小川氏が、18年3月の村長選では、当時の五十嵐村長の「疑惑」を追求する「正義の人」、この人に任せれば最も早く合併が実現できるといった、大きな期待、信頼を集めて、見事に当選したことを考えると、選挙でどのようにしたら間違った判断をしないで済むかといった、非常に重い課題を住民に突きつけています。今回のケースを観察しての印象では、この問題は、単に住民一人一人が常日頃から行政やまちづくりといったことに関心をもち、行政の側も情報を公開し、住民の参加を促すといったことだけでは済まない問題を含んでおり、だから余計に難しい課題をわれわれに突きつけています。18年の村長選の頃、どちらかというと行政に日頃から関心をもち、積極的に参加していた人達の多くが、小川氏に騙されたという事実は否定できないと思います。

 一般的な情報公開とか住民参加などでは解決しない問題を含んでいる、今回のケースは、われわれが地方の行政や国の政治とどう向き合い、どのような情報を得て、またどのようにバランスのとれたものの見方を養っていくかという、非常に奥の深い、簡単には「解」の得られない性格の問題なのだと思います。

 小川氏の言動から酌み取るべき問題は、まだまだあると思います。今それを整理しているところなので、今後逐次問題提起していきたいと考えています。